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裏庭の猫vol.2

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スリランカ・トリンコマリーの様子/町中その1

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

d0168345_7552194.jpgいくつかの町を訪れてみたところ、町の中心に時計台があることがわかった。なのでここは中心部のはず…。

d0168345_7554288.jpgそばにバスターミナルがあり、その前が市場なので、車の往来も多い。

d0168345_75653.jpgターミナル内にも牛。今日はどちらへ?

d0168345_7562555.jpgと思ったら鹿も。よく見ると後ろにブッダの像があって(背中だが)、何となくありがたい風景。モスクはまだ見てないのに他の宗教のものばかり目につくな。

d0168345_7565274.jpgバスターミナルで朝ごはん。どこでもターミナルには軽食が取れる場所があるので便利。ここもチャイとスナックが食べられる小さい店が何軒かある。イスはジュースのケースで、店中には2人くらいしか入れないが。

d0168345_7571482.jpgまさしくカレーパン。チャイと一緒に計55ルピー(約70円)。青唐辛子が利いてうまい。大きいサモサを焼いた感じかな。これの方がいいなあ。てかこれ作りたい!

d0168345_7573231.jpg市場は野菜、生鮮食品が中心っぽい。

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d0168345_758460.jpgこの長い野菜は何だろう。長いも…には見えなかったな。

by uraniwaneko2 | 2011-03-31 07:54 | 2010年末スリランカ | Comments(0)

スリランカ・トリンコマリーの様子/宿から町への道

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

翌日の天気はけっこうな雨で、海は大荒れ。
(雨はこのあと、帰国日まで続く…)

なので町へ出かけた以外は宿で本を読んですごす。

町へは歩いていってみた。
雨の中サンダルで、写真を撮りながら約1時間。
途中でキャンディへ向かう分岐があるが、そこで迷わなければほぼ1本道だった記憶がある。

途中、自転車のおっちゃんが案内に現れ、ずっと着いてくる。単なる親切な人ではない感じだったので多少警戒していたが、宿の勧誘の人だった。
もうすでに泊まってるから名刺もらって別れた。


町の中心はやはりバスターミナル前の市場や時計台のある辺りで、しばし商店が連なる感じ。

まだ外国人が少ないので「ハロー」と声をかけられることもしばしば。

町を歩いている限り、イスラム圏という雰囲気はそれほど感じられない。ヒンズーの寺や教会などもあった。

d0168345_7483644.jpg道すがら発見したヒンズーの寺。

d0168345_7485147.jpgスリランカでよく目にした銀行もここではものすごくローカルな佇まい。

d0168345_749529.jpg途中で商店がつらなるエリアが何回か出没。ここではなかったが、自転車おっちゃんの話では途中でイスラムの村があった。

d0168345_7491983.jpg魚を売る屋台。

d0168345_7493786.jpgヒンズーの寺がしばしば現れる。

d0168345_749552.jpgあ、ミッキー。

d0168345_7501274.jpg通りから海までの通りに家々があったりする。

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d0168345_7503937.jpg日本の中古車もしばしば見かけた。スリランカで低温輸送してたら腐りそう(笑)。

d0168345_7505966.jpgやっぱ牛。通りを散歩中。

d0168345_7511829.jpg通りで目立ってた教会。今、見るとこういうセンスあるよな、スリランカと思える。

by uraniwaneko2 | 2011-03-30 07:47 | 2010年末スリランカ | Comments(0)

スリランカ・トリンコマリーは海のそばに滞在

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

トリンコマリーまではうろおぼえだが、7~8時間かかったかな。
乗ったバスは「セミラグシュアリー」と書いてあり、料金も340ルピーだったので、「これがインターシティか?」と思ったのだが、ノンエアコンで、途中で人がどんどん乗ってきて車内はぎゅう詰めに。

多少、車体がましなくらいかな…。セミラグジュアリーって。

そんなこんなでトリンコマリー到着が16:00すぎ。
このエリアは「歩き方」はほとんど役に立たないので、まったく地理がわからん。

かろうじて、10キロだか20キロだか先にニラウェリというビーチリゾートエリアがあるのは知ってたが、そこは安くても1泊50ドル以上はすると思われる、地元では高級リゾートエリア。
もとより行く気はない。

バスターミナル前は市場で、時計台もあり(スリランカでは町の中心にあるっぽい)、どうみても中心部なのだが、宿が見つからない。

スリーウィラ(タイで言うところのトゥクトゥク)のおじさんが寄ってきて「ニラウェリは高いぞ。1200ルピーの海辺のフレンチガーデンゲストハウスはどうだ?」という。ちなみにスリーウィラーの料金自体は350ルピーだと言う(高!)。

1200ルピーって900円くらいでしょ?
この田舎にしては高いんじゃない?
しかもスリランカでフレンチガーデンって何よ?

と最初は相手にしてなかったのだが、
その後、3人のスリーウィラーに同じことを言われ…。
地元の人に聞いても(英語はかなり通じにくい)、結局はスリーウィラーに案内される。

どうやら町の中心部にゲストハウスはない、あるいは外国人はフレンチガーデンゲストハウスに泊まることが決まっているようなので(笑)、ひとまず行ってみることに。

場所はニラウェリまで続くニラウェリロードを数キロ行ったところで、通りからビーチ沿いに入った場所に数軒のゲストハウスがある。

料金は若干の違いがあるが、同じくらいの感じだと思う。どこもフレンチガーデンを売りにしていて、普通の庭との違いがなんかよく分からんけど、流行なのか?

てかイギリス式庭園はきっちりした精緻な庭、フランス式はナチュラル(ある意味放任)な庭を指すイメージがあるので、単なるほったらかしの庭じゃないのか?


ま、海沿いの宿も悪くはないやね。
町中から若干遠いのが難点だが仕方あるまい。
その後、散歩に出たところ通り沿いに雑貨屋などはあるが、けっこう寂しいエリア。

*このエリアから町中まではスリーウィラーで250~350ルピーが相場。外国人が少ないのでこれ以上は安くならない感じ。ちなみに歩いて小一時間なので4キロくらいか? 夜道は暗く、回りに何もないエリアもあるので、夜はスリーウィラーを利用するのが無難だろう。

*ちなみにシャワーは、単なる上の方についた水道だった(笑)。お湯で出ないが、これはどこもそうだった。お湯が出るのは高級ホテルだけだと思う。

d0168345_9322484.jpg一軒目はフルで、隣のこの宿に。ローカルリゾートっぽいでしょ?(笑)


d0168345_9324280.jpg外観はけっこうかわいい装飾。町中では一度も外国人に会わなかったけど、ここらの宿には数人が泊まってた。それでも数人だけど。


d0168345_9325925.jpg部屋の中はベッドと机。個人的な感想だが、一般的に南アジアの宿よりは東南アジアの宿の方が小奇麗。安宿でもお湯が出るところも多いし。


d0168345_9331657.jpg目の前は海。天気が悪くにごっていてそのきれいさは分からんが。(それでもこの日が一番ましだった)


d0168345_9332941.jpg無料ではないが、やっぱチャイね。練乳砂糖たっぷり。ハエがけっこう寄って来る。夜は当然ながら蚊も。


d0168345_9334624.jpg夜ごはんは宿で。一応、クリスマス風。チェックインの際にオーダーを聞かれたので頼んでみた。おそらく人数が少ないので夜ごはんを食べるなら早めに頼んだほうがいい。


d0168345_934035.jpgお魚カレー(とダルかな?)。これうまいの! スパイシーな中、ほんのりココナツが聞いて、塩気と辛さがいい感じで(辛味はけっこうあるよ)、ごはんがどんどん進む。のだが、さすがにこの量は食べ切れなかった。米、多すぎでしょ。

by uraniwaneko2 | 2011-03-29 09:31 | 2010年末スリランカ | Comments(0)

スリランカ・トリンコマリーまでのバス

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

トリンコマリーへは空港から一旦コロンボまで出て、そこからバスで向かう。

空港からコロンボまでは、まず入国エリアの出口から左に近くのバスターミナルまでの無料送迎バスに乗る。

10分以内くらいでバスターミナルに付き、おそらく「コロンボ?」と聞かれるままにバスに乗ればいける。

コロンボのバスターミナルはけっこう広いので、ここも行き先を連呼していればいつかは乗り場へたどり着けるであろう。

私は空港で、インド人2人組に声かけられ、彼らと一緒にコロンボまで行った。パンジャーブ地方から仕事で来てるそうだ。

なお、コロンボまでのバスは外国人は若干ぼられるっぽい。もともと大きな荷物を持ってる分、2席分を要求される可能性も多いのだが(これは仕方ないね)、インド人たちも文句を言いながら払ってた。

ただ、今思うに
スリランカのバスは「インターシティ」という(一応)ノンストップの急行バスがあるらしいのだが、コロンボまで乗ったバスはこれじゃなかったかなと。

実は以後、「インターシティ」には一度も乗る機会がなかったのだが、というか基本的にバス会社のカウンターでチケットを買うのではなく、そこに来たバスに導かれるまま乗るわけなので、私に選択権はない。

そもそも「インターシティ」を見かけたことないよ。

と思ってたのだが、最終日あたりに「インターシティ」はもしや車体がバスでなくてワゴン車なのでは?疑惑が持ち上がり(私の中で)、このコロンボまでのバスがワゴン車だったのだ。

なら若干料金が高めなのはわかる。

が、インド人二人は最初一人200ルピーを要求されていたので、それは暴利だと思う。
ちなみに乗車時間は小一時間だが、ローカルバス3時間で100ルピーくらいの相場。

彼らのやりとりを見ていた私が100ルピーを出すと、しぶしぶOKになった。
日本円で75円だが、これでも確かに高めの料金ではあったな。
by uraniwaneko2 | 2011-03-28 09:29 | 2010年末スリランカ | Comments(2)

スリランカの空港で夜明かし…はちょっと注意

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

クアラルンプール乗り継ぎで、スリランカの国際空港に到着したのは夜中。
なので、いつものように空港夜明かしを決行した。

が、シンガポールやマレーシアのような大きな空港ではないので、そもそもすごせる場所がどれくらいあるのか不明だった。

前にインドのコルカタ空港で夜明かししたとき、出国エリアに入れずに狭いロビーで過ごしたこともあるが、そこよりは多少場所は広いが、場所が少ないという点では同じようなもの。

イミグレを通過して入国すると、しばし歩いてイスがずらっと並ぶホールのような場所があり、そこからすぐ出口。(両替カウンターや雑貨店が多少あるくらい)
建物内から出国エリアに行くことはできない。
すごすならここしかないという感じ。私が通過した時点では人がたくさんいた。(夜明かし組とは限らないが。外国人も多分いなかった。インド人は区別つかんが)
イミグレ通過前でゲートあたりで夜明かしするのも、多分無理だったんじゃないかなあ。うろ覚えだけど。

まあ、イスはたくさんあって、大型モニターのテレビなどもあったのでここでもよかったのだが、なんだか窮屈な感じがした。

ので、とりあえず出国エリアに入れるかトライ。
というつもりで外に出た。

出て右方向にしばし歩くと出国ターミナルがあると聞いて行ってみると、入口でセキュリティチェックを行っている。
というか搭乗券を見せないと入れないっぽい。

当然着いたばかりの私が入れるわけもないのだが、
ここで、「夜中にコロンボ行くの危ないし、出国エリアで一晩過ごしたいんだけどいい?」とごねてみる。そしてなんとか中へ入れてもらえた。

トライしてみるもんだな。

出国エリアはチェックインが始まるまで、その先には入れない仕組みだったが、手前のロビーはそこそこスペースがあり、イスもたくさんあり、売店などもある。
こっちの方がすごしやすくてよかった。

なんて思ったわけだが、朝、空港を出るとき判明したことに、対応してくれた警備のお兄ちゃんは「(私が)明日の朝、航空券を買って出国する」と勘違いしてたらしい。

なので出るときちょっともめた。
そのお兄ちゃんが「君は嘘をついた」と怖い顔で言う。
ちょっとヤバめな雰囲気だったのだが、私はそんなことを言ったわけではないので、「えーなんで~。あたし分かんない~」な雰囲気を一生懸命かもし出してみた。

結局「ゴメンナサイ(と言え)」と日本語で言われ、許してもらえた。最後には兄ちゃんは笑ってた。

ああ、よかったよ。
これ、日本人(そして女だし)だから許してもらえたのだが、次は気をつけよう。

実はスリランカの空港は内戦時に爆撃されたこともあって、セキュリティが厳しくなってることが予想できたのだが、つい、ね。すみません。
by uraniwaneko2 | 2011-03-27 09:27 | 2010年末スリランカ | Comments(2)

スリランカ旅行日程

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

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12月25日 成田→クアラルンプール経由コロンボ(空港)
12月26日 →コロンボ経由でトリンコマリー
12月27日 トリンコマリー
12月28日 →ダンブッラ
12月29日 シギリヤ往復
12月30日 →キャンディ
12月31日 キャンディ
1月1日  →空港→クアラルンプール経由
1月2日  →成田


スリランカは仏教寺院を中心に回るか(ポロンナルワ、アヌダープラ、ダンブッラ&シギリヤ)、南西海岸(ヒッカドゥワが有名)で海に滞在するかというルートが一般的だと思う。

今回は小さい国とはいえ、実質6日なのでトリンコマリー以外は遺跡の中で行きたかったシギリヤロックに絞って、あとは古都という響きに惹かれてキャンディ。

後から思うに、仏教寺院の遺跡を見るのは好きなので、アヌダープラかポロンナルワに行ってもよかったかも。スリランカって思ってたよりずっと田舎で、あんま観光地観光地してなさそうでのんびりできそうだし(それでも随一の観光地であるとは思うが)。
by uraniwaneko2 | 2011-03-26 09:25 | 2010年末スリランカ | Comments(0)

スリランカ・カレーはうまい

スリランカ旅行:2010年12月25日~1月2日

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スリランカといえば、
テレビで在日スリランカ人たちが被災地でカレーをふるまっているのを見た。

仏教徒の多いスリランカだが、彼らはモスリム。
「津波のとき、日本は支援に来てくれた」
その恩返し的なことを言ってたと思う。


日本ではタイのプーケットばかりが大きく取り上げられていたような印象があるが、スマトラ大地震ではスリランカの北部・東部も津波による被害を受けた。

このエリアはタミル人の多いイスラム地域で、長らく反政府武装勢力(LTTE)と政府軍との内戦が続いていたところでもある。

一旦は終結したかのようでまた戦闘がぶり返し、そして津波による被害…という状況でようやく2009年に内戦が終結し、閉ざされていたエリアに外国人が入れるようになった。
なので、今回のスリランカ旅行では北東部トリンコマリーという町を訪れた。

イスラム地域への興味と、海がきれいな場所に行ってみたいという理由で。

ただし海に関しては、北東部はちょうどモンスーンの時期に入りかけで滞在中はずっと大雨だった。(年末あたりは南西部の海岸がシーズン)
海は荒れて濁り、波も高くてとても海に入れるような状況ではなかった。

モンスーン手前で間に合うかと思ったのに、運が悪かったな…。

なんて思ったのだが、帰国後しばらくして、ネットの国際ニュースを見ていて呆然とした。

私が帰国して1週間後あたりから、モンスーンによる大雨がさらにひどくなり、洪水で多くの人が避難民になり、40人以上の人が亡くなったという内容だった。

その前に帰国できた私はむしろ運がよかったと思うべきなのだろう。

スリランカはおおむね親日的で、トリンコマリーはまだまだ外国人ツーリストが少なく(歩いていて誰にも会わない)、日本人だというと大歓迎してくれる人もいた。あの人たちが無事だったことを祈る。


カレーをふるまっていた彼らはおそらくそんな北部・東部の出身。

旅行中にスリランカ・カレーのおいしさに感激したものだが、あのカレーは特においしかったのだろうな。
老人や子供には辛くてスパイシーかもしれないが。
by uraniwaneko2 | 2011-03-25 09:22 | 2010年末スリランカ | Comments(0)

外へ出てみると…


うかつなことにこんな時にトイレットペーパーが残り少なくなり、外の様子見もかねて外出してみた。
(ま、なきゃないでいいのだが。水や紙はあるんだし)

その外出時に思い出したのだが、自分が防災グッズを常備してなかったのは、今は無職で家にいるが、仕事してるときは家にいる時間も短く、災害時に家にいるとは限らないしなーとか思ったからだった。
今日外出する時もそう思ったのだが、ま、一応ラジオだけ持っていってみた。

で、トイレットペーパーだが、
昨日知り合いからかかってきた電話では、売ってないという話だったが、ない店もあるとはいえ、いつも行ってる大手スーパーの系列店にはあった。

そして食料もそれなりにあった。
米やカップ麺の棚はがらすきだったし、ポコっと何もない棚もところどころある。一人1点までという制限つきの食品もある。
が、思いのほかあるという印象。どうやら備蓄脂肪を消費する必要はなさそうだ。

といっても人々の話では先週あたりは売り切れも多かったらしく、店員さんが忙しく箱から出して食品を並べていたので、昨日今日あたりにやっと来た商品も多いのかな?
スーパーや配送の人々に感謝である。
by uraniwaneko2 | 2011-03-22 14:34 | Comments(0)

今日は停電なので自分の防災を考えてみた

昨日は一日テレビを見てすごしたが、すんでいる地域が夜に停電になるらしいので、今日になって(遅い…)我が家の停電および防災対策を考えてみた。

特に防災グッズとして予備があったわけではないが、
以前、タイに住み始めたとき、ちょうどスマトラ地震の直後でその災害の印象が強く、帰国後にとりあえずラジオと電池各種は常備してある。

そして発展途上国に旅することが多いので、懐中電灯、ローソク&マッチもある。今回の旅にも持っていったので、それはそのまま手の届くところに出しておく。
ただ、懐中電灯は元々ちゃちいやつを5本くらい持ってたのだが、旅行前に見直してみて、電池が液漏れしていて通電箇所もダメで4本は使える状態ではなかった。見直しておいてよかった。煙草を買う時もらうライターも集めてみた。粗悪品やキャンペーンの余りの変な形のライターも多いのだが仕方がない。

ついでに旅行に持っていった常備薬もそのまま出す。
最近は旅先では風邪薬や頭痛薬しか使わないので、すでに2年前に消費期限が切れてるような薬もあるのだが、まあ日本製品なので問題なかろう。

てかこのバックパックをそのまま置いておくべきなのでは?とかも思ったり…。飴玉とかも入ってるし。

あと雨が降ってるので、雨季旅用の薄手のカッパと、最近はセキュリティがうるさいので持っていってなかったビクトリノックスの便利ナイフも出しておこう。

こうしてみると旅用品って防災にも役立つんだなー。もらいものの紙パンツとかもあるし。

あ、そうそう忘れてはいけないのが水。
私の個人的な経験では停電より断水の方がキツイ。
これも畑用の20リットルポリタンクと風呂に水をためた。持って出る用には機内食の小さい水しかないがないよりまし。こういうのも持ち帰っておくべきだな、うんうん。てか水筒にお茶をつくっとこう。
暖かい飲み物って災害時は本当に精神的に大事だと思う。災害ではないがインドで耳がキンキンする寒い深夜に、駅で延々とこない列車を5時間待ってるときの暖かいチャイに救われたことあるし。被災地の人々がお風呂に入れたときの気持ちが多少は分かる気がする。
非常時に風呂自体は数日は入れなくてもなんてことないが、体が冷え込んでると前向きな気持ちにはなれないからね。


あとは…食料はまだスーパーに行ってないけど(品薄らしいね)、うちにあるものでしばしは持つな。野菜はさすがにあってもしなびてるけど(でもジャガイモとかニンジン、たまねぎがあったのでカレーを作ってみた。処分しておかないでよかった)、乾麺とか乾物、缶詰はある。
親から食料を送ろうかというありがたい電話もあったのだが、いつもは送ってもらうが今回は遠慮した。東京の混乱もそろそろ落ち着いているだろうし、こういう体験はしとくべきだと思うんで。幸いにも水は止まってないし、備蓄脂肪も体に十分蓄えてある。

あ、財布。
旅先に日本円は持ってかないので(成田まではsuicaで。クレジットカードは一応持っていく)、隠しておいた財布を出す…つもりがどこに隠したか分からなくなり、しばし探した。老化現象か?困ったものだ。



あとは何だろう。
使ってないときにガス栓を閉めて(これ二次災害を防ぐのに大事よね)、そしてもちろん節電。防寒着を着込んで暖房は使わないように。冷蔵庫も強から中にして(これだけは夏でなくてよかった)、雨で暗いので時に部屋の電気をつけるのとニュース用のテレビは勘弁してね。パソコンも…。というところか。

直接の停電対策としては、携帯を充電して、カレーがあるからご飯は炊いて置けば多少さめても食べるものはある。
あとは瞑想でもしてすごすかな。


しかし、日本でニュースを見るまでは全地域が対象なのだと思ってたが、都内は停電にならない区が多いのか?(そりゃ混乱が多いだろうからな)。

なので隣の駅まで行けば停電にならないらしいが、ま、ここはひとつ経験しておこう。(停電は見送られるかもしれないが)
by uraniwaneko2 | 2011-03-22 11:21 | Comments(0)

バングラデッシュから戻りました

成田便はさすがにすいてた…。
いつも夜帰ってくると、日本はなんて明るいんだろうと思うけど、今回はさすがに電気を控えて若干暗めだった。でもバングラの夜よりぜんぜん明るいけど。
そういえばバングラでは毎日停電してたしな。


さて、現地で地震と津波のことを知った後、ネットのニュースでは大枠しか分からなかったので、次に移動した町でテレビのある宿に泊まった。

ケーブルのBBCにチャンネルを合わせた途端、白い煙がもくもくと…。

「Japan disaster」「Nuclear plant explosion」

ニュースの英語は早口すぎてなかなか聞き取れないが、テロップで福島の原発が爆発したことを知った。

…頭の中まっしろ。

その日はずっと日本の災害のニュースばかりで、
時間を追うごとに、倒壊した町の惨状、船や車を飲み込む津波の映像が何回も流れた。戦後最大の災害…被災地の様子に涙。


その翌日くらいのニュースでは、東京電力で計画停電が行われること、株価が大きく下がったことなどを放映していた。
ただ、やはり関東の情報はほどんどない(東北がメインなのは仕方ないことだけど)。

ダッカに戻って、そこの宿ではNHKプレミアムが見れたので(停電や回線の都合で見れなくなることも多々あったが…)、より詳しい情報が得られた。
ガソリンが不足してること、食料の買占めが行われていること。エリアごとに計画停電が行われていること…。

もちろん、帰ってきてから聞いたり、テレビで見たりして知った情報の比ではないのだけれど、
今回思ったのは、旅先では田舎がいいなあと思いがちだけど、やっぱり途中である程度の町に滞在してネットでニュースをみたりメールチェックするのは大事だと思った。(年末スリランカではメールチェックもしなかった…)
ネットカフェに行くとか、テレビのない安宿ばっかじゃなく、たまには海外ニュースが見れるテレビのある宿に泊まれるような。
(ど田舎ではどちらも無理なことが多いので)
正直、ダッカに数日滞在するよりももっと田舎に行けばよかったと思ったのだが、今回NHKが見れたのは大きい。

あるいはスマートフォンとかパソコン持ってくのでもいいのだろうけど。これにしたってwifiが使えるくらいの町じゃないと無理だろうし。

あと電話。
私の携帯電話は国際通話ができないし、最近の旅にはGSM携帯も持って行ってなかったことを後悔。(ま、これは現地でも買える。が、カードを使えない場合も多いだろうから、現金が足りなくなるかも)
やっぱせめてGSMは持っていくようにしよう。
タイで使ってたSIMはもう有効期限が切れたが、現地で新たにSIMを買えば通話はできる。むしろ日本の国際通話ができる携帯よりぜんぜん通話料も安くつく。

外国人旅行者が少ないバングラではないだろうが、情報を得られやすい日本人宿に泊まるのもいい。

メキシコに行ったときの豚インフルエンザでも思ったけど、日本人宿ってのはこういうとき便利。
by uraniwaneko2 | 2011-03-21 07:22 | 2011バングラデシュ | Comments(5)